大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和37年(オ)1365号 判決

上告人

鈴木幸輔

(ほか一〇名)

右一一名訴訟代理人

八島喜久夫

勅使河原安夫

被上告人

本町財産区

右代表者西会津町長

山口博也

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人八島喜久夫、同勅使河原安夫の上告理由第一、二点について。

原判決は、本町村が他の村と合併して野沢村となり、明治二一年町村制が施行されたのに伴い、同法一一四条により、旧本町村の特有財産管理のため、野沢村に本町区会が設置されたのであるから、従来本町村に属していた本件土地の所有権は本町区に帰属したと判断しているのであつて、右判断は是認できる。これに理論的根拠が明示されてないとの論旨、ならびに右判断が町村制一一四条に違反するとの論旨はともに理由がない。また、原判決は、本件土地所有権が本町区に帰属したことによつて、旧本町村民の本件土地に入り会う権利そのものは消滅したものではないと判断していること明らかであるから、前記判断が論旨引用の大審院判例および内務省訓令に反するところもない。

論旨はすべて採用できない。

同第三点について。

原判決の確定した事実によれば、本町区会は、明治三九年奥山の一部を同区所有として群長の許可をうけて旧野沢村の郷社である諏訪神社に贈与し、明治四一年、大正六年、昭和二六年ないし二八年に群長又は県知事の許可をうけて本件山林の一部の立木を伐採売却していること、大正年間にいたり本件土地から自由に柴、薪を採取することが禁ぜられ、本町区の住民は旧戸・新戸の区別なく入山料と称する一定の金員を本町区に納めてその指定する地域の柴、薪を採取し、また、貸地料を本町区に納めて本件土地のうちから三反歩をかぎり植林または耕作の用に供するため土地を借り受けたり、また入会の対象たる土地の一部を個人所有に分割したりなどして土地の使用収益の方法は一変し、昭和二八、九年頃旧戸に属する者の一部が本件土地の回復をはかり、その帰属につき争をみるにいたるまでの間本件土地の使用方法につき本町部落民に異議のあつた形跡のないこと、「春寄合」は本町区会に意見を具申するために行なわれたにすぎないというのである(以上の各事実認定は、挙示の証拠によつて是認しえられ、論旨引用の乙号各証はいずれもこれが反証たる価値のないものと認められるから、原判決が右乙号証につき特に説示しなかつたことを目して理由不備とはいえない。)。

すなわち、明治二一年町村制の施行から昭和二八年にいたる六五年間に、本件入会地に対する入会団体(本町部落)の統制が次第に本町区会の統制に移行し、本町区が従前の入会地の一部を処分し、全入会地を管理して使用収益方法を定め、この方法にしたがつて区民が本件土地の使用収益をするにいたり、以上の本件土地についての区会の処分・管理につき従前の入会権者からの異議もなく、また従前部落の入会権行使の統制機関であつた「春寄合」も区会に対する意見具申の機関に変化したというのである。

徳川時代において農村経済の必要上広汎に認められていた入会権が、明治大正昭和と経過するにつれて、貨弊経済の発展と農耕技術の進歩との結果漸次変質、解体、消滅の過程をたどつてきたことは顕著な現象である。もともと、入会権は慣習によつて発生し事実の上に成立している権利であるから、慣習の変化により入会地毛上の使用収益が入会集団の統制の下にあることをやめるにいたると、ここに入会権は解体消滅に帰したものというべく、本町部落民が本件土地につき有していた地役の性質を有する入会権は、前記事実に照らし、昭和二八年頃までの間漸次解体消滅したと認めるのが相当である。原判決が、右事実を目して本町部落民がその入会権を放棄したものと判示したのは措辞必ずしも適切でないが、入会権が消滅したとの結論においては正当であるから、論旨は結局採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)

上告代理人八島喜久夫、同勅使河原安夫の上告理由

第三点

(一) 原判決は本件入会権につき「特段の事情の認められない本件に於ては本町部落民(旧戸)はその入会権を放棄したと認めることが相当である」と認定している。然し乍ら放棄は一方的意思表示の単独行為であるが放棄と認めるためにはその放棄行為の存在を証拠により認定せねばならないことは当然である。

そして放棄があつたとするには本件放棄の対象は入会権であるから入会権者全員からなされなければならないこと大審院以来の判例である。然るに本件に於て放棄行為の存在した事実は何等存在せず、また入会権者全員から入会権の一致した放棄があつたことも証拠上認められない。然るに原判決は放棄という一方的意思表示の存在を証拠によつて認定することなく単に入会慣行の変遷事実を列挙し、単にそれだけで以て放棄という入会権者全員の一方的意思表示があつたとしているのであつて、むしろ「特段の事情の認められない本件に於ては」入会権の放棄があつたと認めることは出来ない。

右の次第で原判決は証拠によらず入会権の然も全入会権によらない入会権の放棄を認定したのであつて違法である。

(二) 原判決は明治二四年以後の入会慣行につき、

(1) 従来松立木は留木として非常の用に供する外伐採を禁止していたこと。

(2) 人口増加に伴い薪柴の必要量が多くなり、入山を許されなかつた新戸の要求があり旧来の秩序の維持が困難になり大正年間に至り薪柴の自由伐採を禁止し、新旧区別なく入山料と称する一定の金員を本町に収納してその指定する地域の薪柴を採取して来た事実。

(3) 新旧区別なく本件山林中の一部を焼畑として三段歩に限り貸地料を定めて借り受けていた事実。

(4) 入会の対象たる土地の一部が個人所有に分割された事実。

等をあげ、土地の使用収益が一変したとなし、

(5) 昭和二八年乃至二九年迄本件土地の使用方法につき異議のあつた形跡がないこと。

を附加し、従つて特段の事情がないから本町部落民(旧戸)が入会権を放棄したと認めている。

然し乍ら原判決は明治二四年以降に於ても昭和十四、五年の大東亜戦争開始頃迄厳然として春寄合が実行され、それによつて世話人たる区長(行政上の区長としてではないもの)のもとに入会つて居た事実、そしてその後戦争中は一部男手の不足等もあつて入会の人間は少なくなつたが依然として入会権が行使されて来た事実、然もそのことは戦後に於ても続き中学校等の建築についても必ず入会権者の寄合を開いて留木を伐り、町当局にその代金を貸付けている事実。明治四三年頃の大火に当つては旧戸のみ留木にしていた自然松立木についての入会権を行使して新戸と区別している事実等は証拠上各証人の証言の結果明らかである。まして乙第二七号証にある通り昭和十年頃(渡辺譲が区長であつたのが昭和十年である)にも「例年の通り来る旧二月十二日我が区の春惣集会」(乙第二七号証記載)を開いて来たことも事実であり、又乙第二九号証の通り昭和九年三月二一日にも区惣会(春寄合のこと)を開き、その際本件山林の柴山入会についてとりきめをしている事実等があり、それ等の書証を無視することは出来ない。

右の通り本件山林の入会権行使は依然として継続されているのであつて、昭和二九年現西会津町町長が右入会を全く無視する行為に出るについて本件訴訟に迄発展するに至つたのである。それ迄は歴代村、町長共入会を無視する様なことはなかつたから異議のおきないのはあたり前である。原判決は右明らかな入会権行使の事実を証明する書証につき何等の判断も与えていないのであつて、理由不備の違法を免れないばかりでなく、更にはそれ等を無視し、証拠によらず放棄したと判断した事実、誤認の違法もある。

(三) 原判決は春寄会に関し「本町区会に意見を具申して議決を得るために行われたものであつて、その寄合にはいわゆる旧戸新戸の区別なく行われたものである」から、それは入会権の行使の事実の証明にならないと認定している。

然し、原判決認定の様に春寄合が単に区会に対する意見具申の議決機関と認定するに足る何等の証拠もない、証拠なくして右の如く解することは法律上許されないことは言うまでもなく違法である。のみならず、春寄合こそ本町区会設置(明治二四年に設置したと云うが)以前から存在したことは原判決挙示の福谷田ウンその他の証人の証言によつて明らかであり、区会以前から本件山林の入会についての慣行としての議決機関であつたのである。

而して右春寄合はその後も単なる区会に対する意見具申機関でなかつた事実として前述乙第二七号証、乙第二九号証の通り昭和に至つても実施され、終戦後中学校建築(本町に設置)に当つてもその資金を西会津町に貸付けするために入会留木たる自然松立木伐採につき春寄会の決議の上で実行している事実が存在することが明かである。

而して本件入会山についてはその管理規定(乙第二七号証、乙第三号証)をもうけて実施して来たのであるが、乙第三号証の通り山守(取締人)の給料及事務取扱所費等及びその徴収の方法は村に委任した為に区会に於て入会についての管理について容喙することになつていたにすぎない。

原判決は右乙第二七号証についても何等判断をせず理由を附さずに脱漏し、却て証拠によらず本末を顛倒して春寄合を従とし区会を主としてしまつたのであつて、この点に於ても単に事実誤認だけでなく理由不備の違法がある。

また明治三九年十月二四日字大石沢甲二三〇七番山林十町歩を旧野沢村郷社諏訪神社に贈与した事実についても乙第三一号証に記載の通り区民の同意(総入会人民)を得なければならなかつた事実を無視することは出来ないのであつて、原判決は乙第三一号証についても何等の判断を示していない違法がある。

(四) 以上の通り入会権は依然慣行として存在していた書証があるのに拘らず何等の証拠なくしてこれを放棄したと認めるために原判決は新戸の入口が増加して新旧区別なく薪柴を本件山林から採取して来た事実をあげているが、旧戸の採取権は入会権に基くものであつて、新戸のそれは旧戸の温情による単なる債権的なものに過ぎないと解すべきものである。

然るにこれを誤つた原判決は明らかに前述の通りの諸事実認定につき証拠によらない許りか有力なる書証についての判断を与えない理由不備の違法があり、その結果は判決に影響すること明らかであるから原判決は取消されるべきであると信じます。

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